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腰ひもとウナギとウナギイヌ

腰ひもとウナギとウナギイヌ

はじめに

高校数学の「場合の数」は「和の法則」,「積の法則」と言うものから始まるのだが,これについて某所で色々議論し,色々失った。(その代わり,無駄に遊ばない有意義な時間が増えた。)

その経緯はどうでもいいのだが,オレの思う「和の法則」と「積の法則」の解決策を書いておく。

ついでに算数における掛け算順序固定派への提案もする。

「和の法則」,「積の法則」とその評価

場合の数を数えるときに基本となるのが次の2つだ。

  1. 【和の法則】2つの事柄A,Bがあり,これらは同時に起こらないとする。そしてAの起こり方が\(m\)通り,Bの起こり方が\(n\)通りならば,AまたはBのいずれかが起こる場合の数は,\(m+n\)通りである。
  2. 【積の法則】2つの事柄A,Bがあり,Aの起こり方が\(m\)通りあり,その各々の場合に対してBの起こり方が\(n\)通りあるならば,AとBがともに起こる場合の数は\(mn\)通りである。

この2つの考え方に「法則」とついていることが良くないという主張がある。次のようなものだろう。

  1. 足し算と掛け算の当たり前な例であって,わざわざ「法則」と呼ぶものではない。
  2. 「法則」とついているので,高校生や受験生が機械的にどちらかを当てはめようとしてしまい,考えようとしないから有害である。

これを支持する人たちを「法則反対派」と呼ぼう。

私はこの主張に反対だ。理由は次だ。

  1. 「法則」とついているのは,他に適当な呼び方がないからだ。何も名前がないのも困るから名付けている程度のことだ。
  2. 「法則」と言おうが言うまいが,よく考えないで「足すか掛けるかどっちかな?」としてしまう受験生は必ず生じる。「法則」と呼んだから増えたわけではない。
  3. 高校生や受験生に「場合の数」の学力を身に付けさせるためには,「法則」と呼ぶかどうかはどうでもいい。ちゃんと教えて答案を添削することだ。

受験生に学力を付けるためにはもともと手間がかかるのだ。「『法則』と名付けてから急に手間が増えました」なんてなるもんか。名前なんて本当にどうでもいいことなんだ。

授業をして適宜ノートのコピーなど回収して添削して返して,余りに変なことを書いている生徒は直接話をしてみて・・・とか今も昔もやってることは何にも変わらないし,「教科書が『和の法則』とか名付けてから場合の数の答案が変わった」と言うことは全く観測していません。あったり前じゃないか。

「法則」と言うたった二つの漢字が教育効果に大きく影響したら,その方がビックリだ。冷静に考えてごらん。「法則」,こんな単語が生徒の思考を変えるマジックワードのはずがない。(マジックワードなら『勉強の法則』とか言っちゃうよ,生徒に。)

法則反対派はどういう教育を念頭に置いているのだろう。オレの頭のまわりには疑問符が王冠の如く並んでいる。

(言っちゃいけないと思ったから言わなかったけどタチの悪い奴は■■じゃねぇかと思ったよw)

「法則」がイヤなら塗りつぶせよ

法則反対派は簡単にあなたたちの望む教科書を実現する方法がある。教科書の「法則」を塗りつぶせばいいのだ。こうだ。

  1. 【和の法則】2つの事柄A,Bがあり,これらは同時に起こらないとする。そしてAの起こり方が\(m\)通り,Bの起こり方が\(n\)通りならば,AまたはBのいずれかが起こる場合の数は,\(m+n\)通りである。

これで法則反対派にとってベターな教科書が実現する。だけど,本当にこれで教育効果が変わるのか?

消し方が足らないのなら,もっと消してみたらどうかな。こうだ。

  1. 【和の法則】2つの事柄A,Bがあり,これらは同時に起こらないとする。そしてAの起こり方が\(m\)通り,Bの起こり方が\(n\)通りならば,AまたはBのいずれかが起こる場合の数は,\(m+n\)通りである。

本当にこれで教育効果が変わるのか?(取り消し線ではなくて墨で塗りつぶすぐらいまで徹底するのかな?)

法則反対派に一言アドバイスしたい。落ち着け。

取りあえず法則反対派は何らかの形で高校生に「教科書の和の法則と積の法則を消しなさい」と呼びかければ,「法則」の”悪影響”から幾ばくかの高校生を救える。そうしたらいい。そんな”悪影響”はそもそも存在しないとオレは思うけどね。

受験生はこのどちらを使うのか悩んでいない

私は自分の生徒から「和の法則と積の法則の違いがわかりません」と言うような質問を受けたことが全くない。高校生,受験生はそんなところでは悩まない,と思っている。

「場合の数」でつまずくのはもっと先のところだ。例えば,「順列と組合せの使い分けがわからない」という質問は良く受けるし,この疑問は当然だろう。

これについて法則反対派から「ググれ。いくらでも悩んでいる例がある。謝罪しろ」と言われた。ググると確かにたくさんヒットした。Yahoo知恵袋とか「和の法則と積の法則について解説します」というようなブログだ。

だから,謝罪した。でも,オレの経験とかけ離れているのは事実だ。本当にそんな質問をされたことがないのだ。そもそも生徒の大半は「和の法則」,「積の法則」なんて用語は覚えていないだろう。オレだってこういう商売だから知っているだけだ。

偶然が重なってオレの所にだけこういう質問が来ないというなら,それはものすごく低い確率だ。あり得ない。

「和の法則」と「積の法則」は名前を覚える気がしなくても当然という程度の当たり前の事実だ。(法則反対派は『当たり前だから名前を付けるな』と言うが,そもそも多くの生徒は名前を覚えていないだろう。)

教科書の該当箇所を読めばすぐわかるはずだ。それにも関わらずYahoo知恵袋に質問が殺到する理由は明らかだ。教科書を読むのは面倒だけどスマフォでYahoo知恵袋に書き込むのは簡単だからだ。

だから,「法則」と名付けるのをやめたら,今度はYahoo知恵袋に「足す場合と掛ける場合の違いがわからない」という質問が殺到するだけだ。バカバカしい。

教科書を読もうとしない高校生,受験生は必ずいる。その状況から「やっぱり教科書を読んでみるか」となって学力が伸びていくのだ。まともに勉強する前の段階の生徒がYahoo知恵袋に書き込んでいるだけだ。

そのレベルの生徒には教科書をどう書き換えても無駄だ。当たり前だ。

「法則」と呼ぶかどうかは本質的にはどうでもいいことだ。「和の法則と積の法則の違いがどうしてもわからない」と真剣に悩んでいる生徒なんていない。スマフォを持って「なんだっけ・・・」と何となく思う生徒がいるだけだ。

「和の法則と積の法則について解説します」というようなブログは・・・それはあるでしょう。でも,ネットにある情報の9割方はクズだという例に過ぎない。(このブログもね。特にこの記事はクズだ。次の行を見よw)

腰ひもとウナギ

この問題について私は画期的な解決策を提案する。「和の法則」,「積の法則」をそれぞれ「腰ひも」,「ウナギ」と呼ぶことにするのだ。(腰ひもとウナギは,つかこうへい『熱海殺人事件』にあるどうでもいいものの例だ。)

つまり,次のようになる。

  1. 【腰ひも】2つの事柄A,Bがあり,これらは同時に起こらないとする。そしてAの起こり方が\(m\)通り,Bの起こり方が\(n\)通りならば,AまたはBのいずれかが起こる場合の数は,\(m+n\)通りである。
  2. 【ウナギ】2つの事柄A,Bがあり,Aの起こり方が\(m\)通りあり,その各々の場合に対してBの起こり方が\(n\)通りあるならば,AとBがともに起こる場合の数は\(mn\)通りである。

こう呼ぶことのメリットは

  1. インパクトがある。「なんだこれ?」と読み返したときには身についているだろう。(これが重要)
  2. Yahoo知恵袋に質問しにくいから自分で教科書を読むだろう。「腰ひもとウナギの違いがわかりません」と書いたら馬鹿だと思われるな,教科書を読んだ方がいいか・・・と言うわけだ。
  3. 「腰ひもとウナギの違いを解説します」というブログは・・・出るでしょw

掛け算順序固定派への提案

某所では私は,算数の「掛け算順序固定派」(ググってみてください)と同様だと言うことになったらしい。それでいままで全く感じなかったシンパシーを掛け算順序固定派に抱くようになった

そこで彼らに「ウナギイヌ派と自称すること」を勧める。(ウナギイヌを知らない青少年はググってみましょう。可愛いですよ)

ウナギイヌはウナギイヌだ。イヌウナギではない。順序が大切なのだ」と言うわけで,掛け算の順序が大切なことをはっきりわかりやすく示せるからだ。(でもオレはウナギイヌ派ではないんだ。ゴメンね>ウナギイヌ派)

「ウナギイヌはイヌウナギでもいいのだ」という連中がいても,「それは違う」と一言で論破できるよ。(^^)v

終わりに〜夢のテキストを望む

法則反対派が理想とするテキストは「問題を解いているうちに数え上げの方法が自然と身につく。和の法則というような項目のまとめ方はしない」と言うものだそうだ。オレはそんな夢のようなテキストはまったく想像できないが,いつか法則反対派が実現してくれると期待している。そのときには真っ先に買う。

ネットに公開してくれないかな。問題を並べて簡単な解答を付けるだけでいいんだから簡単じゃないかな。和の法則というようなまとめを書かないのだろうから、適切な問題と解答だけで後は生徒が自分で色々発見するだけだろうな。

オレの蒙を啓いてくれるそういうテキストを見てみたい。オレには作れない。

補足

誤解されないように書いておくと,オレがこの記事を書いたからと言って法則反対派が意見を変えるとは全く思っていないし,法則塗りつぶし運動が起きるとも思ってないし,夢のテキストが登場するとも思っていない(できるか,そんなもの)。

人は分かり合えないし,大きく変わらないし,他人の言葉では動かない,というのがNiftyやfj以来の経験によるオレの信念だ。(それが前提なのが社会だよね。今回の件もその例だ。ほらね,と言うわけだ。)

もちろん,腰ひもとウナギという用語がメジャーになるとも思っていないw

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